奏 (かなで)單曲發行時,就深深被主唱的聲線與鋼琴的伴奏給吸引。
2006年,哆啦a夢 新大雄的恐龍上映時,讓我最驚訝的是無限開關的歌
竟然可以如此契合哆啦a夢的氛圍 (看到我都哭了.... 我超愛哆啦a夢)
(話說回來...... Wiki竟然把這首ボクノート
翻成我的聲音......哪裡有聲音阿?)
還記得那時候我在大學的警衛室打工,
幫忙下午至晚上開車閘門讓車子出去進來
但其實主要都是警衛大哥在做,
我在那邊到底做了甚麼工作已不復記憶
晚上,彰化的山上沁涼,早上天氣炎熱、喧囂不已的學校已沉靜如水。
幾個實驗室透出的些許光線、
幾盞路燈在黑夜中透著微弱的光。
好像是我與這世界唯一僅存的連結。
開著窗戶,等著哪時候會出現的車子(幾乎沒有車子),
自然的風從縫隙穿過,我打開了CD撥放器。
(那時智慧型手機尚未普及)
把喜愛的歌一首一首的撥放,
聲音迴盪在警衛室、在空蕩的校園、在漆黑的山上。
無限開關的歌,就在那個時候一直陪伴著我....
奏
ボクノート
歌詞
我的筆記 - 無限開關
耳 を澄 ますと微 かに聞 こえる雨 の音 - 豎起耳朵就能聽見微弱的雨聲
思 いを綴 ろうとここに座 って言葉 探 している- 綴起思緒坐在這裡尋找著適當的話語
考 えて書 いてつまずいて消 したら元通 り- 一邊思考一邊寫 有時不順只好擦掉變回白紙
- 12
時間 経 って並 べたもんは紙 クズ だった - 經過12小時卻只生出滿滿的紙屑
君 に伝 えたくて巧 くはいかなくて- 想要告訴你的 總是無法順利說出
募 り積 もる感情 は膨 れてゆくだけ- 只有漸漸浮現的感情愈來愈加深
吐 き出 すこともできずに- 卻無法表達
今 僕 の中 にある言葉 のカケラ - 現在我心中所有言語的碎片
喉 の奥 、鋭 く尖 って突 き刺 さる- 都在喉嚨深處 尖銳地穿刺著
キレイ じゃなくたって少 しずつだっていいんだ- 就算不美 就算一點一點也好
- この
痛 みをただ形 にするんだ - 我想把這痛楚化為形狀
何 をしても続 かない子供 の頃 の僕 は- 不管做什麼都無法持續 還像個孩子時的我
- 「これぞって
モノ 」って聞 かれても答 えに困 っていた - 就算被問到「重要的東西是什麼」也苦於應答
- そんな
僕 にでも与 えられたものがあると言 うんなら - 如果說連這樣的我都有資格獲得什麼
迷 い立 ち止 まった自分 自身 も信 じていたいな- 我會毫不猶豫的想要相信自己
僕 がいるこの場所 は少 し窮屈 だけど- 我所身處的地方有些狹隘
愛 に満 ちた表情 でぬくもり溢 れて- 但是充滿愛的表情傳達滿滿的溫暖
- そして
君 の声 がする - 然後 我聽到你的聲音
足元 に投 げ捨 てたあがいた跡 も- 腳邊留下的掙扎痕跡
- もがいている
自分 も全部 僕 だから - 還有為此所苦的自己全部都是我
抱 えている想 いをひたすらに叫 ぶんだ- 所以只是吶喊著心中的思念
- その
声 の先 に君 がいるんだ - 聲音的彼方有你
耳 を澄 ますと確 かに聞 こえる僕 の音 - 側耳傾聽 確實能聽到我的聲音
空 は泣 き止 んで雲 が切 れていく- 天空停止了哭泣 烏雲逐漸散去
今 僕 が紡 いでいく言葉 のカケラ - 現在我編織著言語的碎片
一 つずつ折 り重 なって詩 になる- 將它們一一串成詩篇
キレイ じゃなくたって少 しずつだっていいんだ- 就算不美 就算一點一點也好
光 が差 し込 む- 會有光芒照耀
- この
声 が枯 れるまで歌 い続 けて - 直到聲音乾涸為止我要繼續歌唱
君 に降 る悲 しみなんか晴 らせればいい- 希望降臨於你的悲傷能全部消散
- ありのままの
僕 を君 に届 けたいんだ - 我要將原原本本的自己為你獻上
探 していたものは、目 の前 にあった- 一直在尋找的東西 原來就在眼前
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